人生には迷うときがある。そんなとき、自分に不利だと思われる方の道を選びたまえ。松井 慎一郎人生には迷うときがある。そんなとき、自分に不利だと思われる方の道を選びたまえ。松井 慎一郎

Shinichiro Matsui

松井 慎一郎教授

プロフィール

聖学院大学人文学部日本文化学科教授。同志社大学文学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。早稲田大学本庄高等学院、早稲田大学文学部ほか非常勤講師などを経て、現職。沖縄国際大学沖縄法政研究所特別研究員。アジア・ユーラシア総合研究所客員研究員。日本イギリス理想主義学会理事。

  • 専門分野

    日本近現代史

  • 研究テーマ

    明治末期から昭和前期にかけて活躍した自由主義者と呼ばれる思想家たち(河合栄治郎、土田杏村、石橋湛山など)の研究

  • 講演可能なテーマ・ジャンル

    「禍を転じて福となす—歴史上の人物に見る人生勝利の秘訣」(福沢諭吉、石橋湛山、河合栄治郎など青少年期の不遇・不幸をバネに後年出世や成功を果たした日本史上の人物の人生をわかりやすく取り上げる。)

取り組んでいる研究について
詳しく教えてください。

明治末期から昭和初期にかけて活躍した、自由主義者と呼ばれる思想家たちの研究を行っています。これまで河合栄治郎、土田杏村、石橋湛山といった人物を取り上げてきました。思想そのものの研究も行いますが、私は青少年期に置かれていた状況や、周囲から受けた影響が、その後の思想にも如実に反映されていると考え、特にその思想家の10代から20代の経験に着目した研究を進めています。

最も大きな手がかりとなるのは、本人が書き遺した手紙や日記です。図書館や史料館、ご遺族のもとにも足を運んで当時の資料を集め、書かれている内容を分析し、誰を師とし、どのような友人を持ち、そして彼ら彼女らと親交を深める中で、何を思ったのか……と掘り下げていきます。人間関係だけでなく、生きた時代背景、読んだ本の内容まで徹底的に理解し、その歩みを、紡がれていく思想を、丁寧に再現していきます。物的証拠から真実に迫るという意味では推理小説のような面白さがありますね。

研究の最終的な目標は、日本近現代史の最大の課題であるアジア・太平洋戦争末期、1944年7月のサイパン陥落から翌1945年8月の終戦までの間、いわゆる「絶望的抗戦期」が生まれた要因の解明です。敗戦が決定的になっても、多大な犠牲を出しても、なお、日本は戦うことを止めませんでした。私がその要因と考えているのは、日本人の心に根強い「道義(人として正しい道を進むこと)」という価値観です。日本人ほど「他の誰かのために苦難を耐え忍ぶ」ことを美徳とする民族は他にありません。理不尽な「玉砕」や「特攻」の命令すらも受け容れられていたという事実には、それが如実に現れていると思います。こうした国民性の形成過程が明らかになれば、「なぜ戦い続けたのか」の答えも自ずと見えてくるはずです。

河合栄治郎研究の観点から、
近年、実学重視の傾向が強まる大学教育はどのように捉えられますか?

私の主たる研究対象のひとつであり、尊敬している人物でもある河合栄治郎は、東京帝国大学の経済学部教授として、ゼミに非常に力を入れていました。と言うのも、ゼミ生に対して専門的な理論を徹底して教えたわけではなく、もっと広く、人生そのものについて教え、そして語り合っていたのです。彼が学生たちと築いたのは、まるで師弟のような親密な関係です。河合栄治郎は「人格の成長が、人生にとっての最高の目的である」とする人格主義を掲げ、自ら学生たちの人生の師となりました。その結果、彼のもとで育った学生たちは卒業後、学術界や経済界の実力者として羽ばたいていったのです。

私自身が学生の頃も、大学の先生に対して「自分もこんな人になりたい」という意識は強く持っていたと思います。大学教育の中に、人間教育、人格教育がまだ息づいていたんですね。昨今の専門知識や理論先行の大学教育には、それが失われつつあると感じます。戦後、教員はビジネスマンの一種に過ぎない職業となってしまいました。本来教員は、将来的な安定などではなく、「青少年の成長を支えたい」という思いから選ばれる仕事であるはずです。江戸時代の寺子屋教育も、松下村塾も、そこから生まれ、広まったものです。

幸い、聖学院大学の日本文化学科にはそういった思いを持って学生と向き合う先生方がいらっしゃいます。時には学修とは関連のない、学生からの個人的な相談にも応え、その成長を支えています。私自身もその意識をもつ一人です。なかなか河合栄治郎のようにはいきませんが、就職のためではなく、青年が人として大きく成長できる場として、大学があり続けてほしいですね。

著 書

  • 近代日本における功利と道義―福沢諭吉から石橋湛山まで

    松井慎一郎 北樹出版 (2018年9月)

    近代日本の思想を功利と道義という対立軸から考察したもの。第一世代の福沢諭吉と加藤弘之が、西洋列強の脅威を強く感じるあまり功利的な観点から日本国の繁栄を強調したのに対して、第二世代の内村鑑三と幸徳秋水らは、功利偏重の思潮に反発し、普遍的な道義を主張した。第三世代の石橋湛山、土田杏村、河合栄治郎は、道義と功利を調和させる理想主義的現実主義ともいうべき言論を展開したことを論証した。

  • 河合栄治郎―戦闘的自由主義者の真実

    松井慎一郎 中公新書 (2009年12月)

    これまで明らかにされていなかった河合栄治郎の幼少期や旧制中学時代の生活や行動を明らかにするとともに、河合の思想を受け継ぐ門下生に関する分析を行う等、河合の思想と行動を網羅的に論証したもの。河合が「戦闘的自由主義者」として、また「人生の教師」として活躍できた要因を論証した。

  • 枢密院の研究(共著)

    由井正臣(編) 吉川弘文館 (2003年1月)

    「枢密院と思想問題―平沼騏一郎を中心に」を執筆。かつて司法官僚として治安対策の中心的存在であった平沼騏一郎が、枢密院副議長として、治安維持法改悪や天皇機関説事件などに黒幕として深く関与し、自らの政治的勢力を拡大していく過程を『倉富勇三郎日記』をはじめとする史料を用いて論証した。

  • 戦闘的自由主義者 河合榮治郎

    松井慎一郎 社会思想社 (2001年2月)

    非公開の河合栄治郎宛書翰などの史料に基づき、河合栄治郎の思想を実証的に論じたもの。河合が、新渡戸稲造や内村鑑三らのクリスチャンから影響を受け、理想主義の社会的実現という思想的課題を有していた思想家であることを論証した。

論 文

  • 新渡戸・内村門下の社会派官僚について

    日本史研究(495)29-55 (2003年11月)

    「大正教養主義」の実像解明を目的に、新渡戸稲造と内村鑑三から思想的信仰的に感化されながらも国家官僚として活躍した一群の人物(前田多門、藤井武、川西実三、南原繁、河合栄治郎ら)の思想と行動を論証したもの。彼らがその理想主義を観念に止まらせることなく、社会への応用を目指し、社会派官僚として進歩的な政策を展開した事実を提示した。

関連するSDGsのゴール

★学校法人聖学院はグローバル・コンパクトに署名・加入し、SDGsを目指した活動を行っています。