森分大輔 教授森分大輔 教授

プロフィール

聖学院大学政治経済学部教授。国際基督教大学大学院行政学研究科修了。成蹊大学大学院法学政治学研究科満期退学。博士(政治学)。国際基督教大学COEプログラム・リサーチ・フェローを経て現職。専門は政治思想、西洋政治思想史。

  • 専門分野

    政治思想、西洋政治思想史

  • 研究テーマ

    ハンナ・アーレントの思想の意義や成り立ち、ナショナリズム論、連邦制や共和主義に関する思想、政治的活動に関する思想的解釈

  • 講演可能なテーマ・ジャンル

    • SNSと社会の分断
    • 政治参加と民主主義
    • 愛国心とナショナリズム

取り組んでいる研究について詳しく教えてください。

現代ヨーロッパの政治思想と政治思想史が専門です。政治思想は、政治に関連する価値や制度の基本原理を扱う学問分野で、政治思想史の方は、それらの思想がどのような時代的・文化的背景のもとで形成されたかを扱います。私の研究対象は、ユダヤ人思想家ハンナ・アーレントです。10年ほど前に彼女を題材にした映画も公開されましたね。

アーレントは1906年のドイツに生まれ、哲学者ハイデガーに師事し、一時は不倫関係に陥ります。ハイデガーはナチスに加担したともいわれる人物です。ユダヤ人だった彼女はやがて米国に亡命し、そこでホロコーストを知る。個人的な部分と社会的な部分の両方でナチスにわだかまりを抱えながら、アーレントはナチスの全体主義体制を批判し、人間としてなぜあのようなことができたのか、そして自分たちはなぜそれを受け入れてしまったのか問い続けます。彼女自身は1975年に亡くなりましたが、彼女の問いには現代社会の問題を考える上での手掛かりが多く含まれています。だから面白い。

中国がウイグル族を弾圧しているというニュースに触れる時の私たちの状況は、当時の人々がホロコーストについての訴えを最初に聞いた時に似ています。平和な社会の常識から証人の言葉を信じきれません。それから右派か左派か、保守かリベラルかなど、二極化してものを考える現代の傾向や、シリア難民をめぐる問題も、ユダヤ人を排斥したナチス勃興期のヨーロッパのありようと近いように思えます。思い込みで大切な事実が伝わらなくなっています。アーレントの思想を追うことは、今の現実を見つめることとつながっているのではないでしょうか。

SNSと社会の分断についてどう思いますか?

最近聞かれる言葉にエコー・チェンバー現象というのがあります。インターネット利用の浸透と技術の発達によって、自分の気に入った情報だけをかき集めてしまい、それによってものの見方が偏ってしまうことを指しています。SNSアプリやWEBブラウザを立ち上げると、それまでの閲覧履歴を反映した情報をスマホやPCが自動的に示してくれることは誰もが経験していると思います。私たちは普段、そうした情報を活用して生活をしているわけですが、ネットが世界につながっていることも頭の片隅で理解しているので、世間の多くの人が、自分と似た興味、嗜好を持つと錯覚してしまうわけです。

アーレントの分析によれば、こうしたエコー・チェンバー現象に似た状況がナチス・ドイツの勃興に関係していました。近い考えを持った人たちと接する機会を増やして自身の正しさを確信させ、同時に異なる考えを持つ人を外野へと追いやる。こうしたシステムをナチスが生み出したことでユダヤ人排斥のような極端な差別的主張が力を持ちました。逆に言えば、エコー・チェンバーは、ナチスに似た環境をコンピューターが自動的に提供していることになります。思ってもみなかった自分の興味を掻き立てるニュースや商品が提示されることもあって便利な機能ですが、同時に、他者の排斥を正当化する主張ばかりをかき集めて差別的な主張を世論の大半が支持していると勘違いさせる危険性もあります。多くの人がそれに気づかなければ、社会の分断が助長されることになります。

アーレントはこうした状況を回避するために「自身の経験を顧みること」「周囲に流されないこと」の重要性を説きました。これは現代にも通用する提言です。SNSに普段から接していると、周囲の動向がどうしても気になります。一時期さかんに言われていたSNS疲れなどが典型で、派手な生活をしている知人をうらやみ、皆がそうであると感じて、張り合った投稿をし続け、疲れてしまうわけです。もちろん流されなければSNS疲れは起こしませんが、人間は感情を持つ動物なので実際には難しい。なのでSNS断ちをして、そうしたことから意識的に距離をとることが対処法となります。他人をうらやむ自身の経験を顧みて、周囲に流されないようにするというこの対処法は、アーレントの提言がマッチする好例です。

著 書

  • ハンナ・アレント研究―<始まり>と社会契約

    森分大輔 風行社(2007年)

    一般に独自の主張を展開したと評価されているハンナ・アーレントの思想を、政治・社会思想の主要な系譜に位置づけることで、彼女の思想史上の意義を明らかにした。当時あまり注目されていなかった「始まり」の概念を用いてアーレントの「活動」論を検討し、それを革命論との関連で論じた本邦における初期のものにあたる。そのほかに彼女の近代批判、権力論なども論じている。

  • ハンナ・アーレント—屹立する思考の全容

    森分大輔 ちくま新書(2019年)

    アーレントの主要著作を章ごとにまとめ、それを相互に関連させることで彼女の知的営みがどのようなものであるのかを描写した。一般読者の多くが感じている彼女の全体主義論と哲学的作品との懸隔を解消すべく両者を扱い、関連を指摘している。また、しばしばアーレントの著作は、時々の関心に促されて独立して展開されたものであるとの指摘がなされるが、それに対して「手すりなき思考」というキーワードを用いて関連性を論じた。

  • 紛争と和解の政治学

    共著 松尾秀哉ほか編 ナカニシヤ出版(2013年)

    「同意から和解へ―思想史の視点」を執筆。一見、非合理に思えるナショナリズムやイデオロギーに捉われた紛争の正当化論理を思想史的に読み解くとともに、過去や排他的観念を用いて他者を攻撃する行為の克服に不可欠な「和解」を、アーレント思想を手がかりに論じた。また、その「和解」を促す社会的な仕組みの重要性にも言及している。

  • 連邦制の逆説?

    共著 松尾秀哉ほか編 ナカニシヤ出版(2016年)

    「連邦共和国の形成」を執筆。当該書籍は比較政治分野の研究者との共同研究の成果であり、担当論文では過去から現代にいたる連邦制、とりわけアメリカ連邦制の構成原理を思想史的に検討している。中央集権的な国家体制とは異なり、地方分権的な連邦制の構成原理がいかなるものかについて確定的な議論は現在でもなされておらないが、本稿では、それに関係する思想的・史的背景を論じている。

  • アーレントと二〇世紀の経験

    共著 川崎修ほか編 慶応大学出版会(2017年)

    「アーレントナショナリズム論の手法と課題」を執筆。当該論文はアーレント思想の現代社会そのものへの意義を扱うのではなく、政治学研究の手法に対する意義を論じている。抽象モデルを用いて社会を分析する、いわゆる社会科学的な手法への耽溺を批判したアーレントの意義を、彼女のナショナリズム論に見られる現象学的手法を検討しつつ論じた。

  • アーレント読本

    共著 日本アーレント研究会編 法政大学出版局(2020年)

    国内の研究者が中心となって、アーレントの思想についてさまざまな観点から解説することを目的に編集された書籍のうち「共和主義」の項目を担当した。共和主義は日本では馴染みの薄いヨーロッパの思想伝統だが、アーレントへの影響が指摘されている。その影響が単に知識的なものにとどまるものではなく、彼女の思想の中核である「活動」論と関連していることを指摘している。

論 文

  • パーリアはどこにいる : ハンナ・アレントの社会概念

    森分大輔 『現代思想vol.35No.11』青土社(2007年)

    公的・私的領域の区分に関心が集まりやすいアーレントの議論で見過ごされがちな、彼女の社会概念を扱った論文。同時にその対概念である親密圏を扱うことで、同調圧力の強い社会で行き場のない者がいかに生きることが可能であるのかを、アーレントの議論を参考に論じている。また、そうした社会で窒息しそうな者達に、親密な関係性がもたらすことの意義にも触れている。

  • 政治と民意

    森分大輔 『現代思想vol.36No.1』青土社(2008年)

    国民国家の基礎原理として理解されている「民意」概念の問題性を扱った論文。しばしば世論と混同されて用いられ、民主主義の根幹をなすものとして理解されがちな「民意」概念がどのようなものであるのか、そしてそれが実際にどのように民主主義と関連しうるのかについて、思想史的手法を用いて論じた。国民国家の正統化原理と目される社会契約論の不備と、それに変わる社会構成原理を論じている。

  • アレントにおける寛容と義務

    森分大輔 聖学院大学総合研究所紀要(2011年)

    一般に流通している寛容や義務の観念とは趣の異なるアーレントの議論を検討し、その特徴と意義を提示した。とりわけ、「始まり」の概念をベースにした彼女独自の倫理論がいかなるものかを確定している。併せて、それに関連したアーレントの示した社会構成原理がどのようなものであるのかについても論じた。それら検討を踏まえ、アーレントが人間の自由な意思と社会規範との関連を如何に扱ったのかを明らかにしている。

関連するSDGsのゴール

★学校法人聖学院はグローバル・コンパクトに署名・加入し、SDGsを目指した活動を行っています。