青春の夢に忠実であれ。和田 光司青春の夢に忠実であれ。和田 光司

Mitsuji Wada

和田 光司教授

プロフィール

聖学院大学人文学部欧米文化学科教授。早稲田大学文学研究科博士課程満期退学。修士(文学)。DEA(博士論文提出資格、フランス・リモージュ大学)。

  • 専門分野

    近世フランス史、宗教改革史

  • 研究テーマ

    16世紀フランスのユグノーの研究

  • 講演可能なテーマ・ジャンル

    ユグノーの世界

取り組んでいる研究について
詳しく教えてください。

フランスのプロテスタントであるユグノーの動きを中心に、16世紀ヨーロッパの宗教戦争の構造を研究しています。

何十年もの間、宗教と政治が複雑に絡み合っていた当時の状況は、対立を乗り越え、さまざまな宗教が共存する現代ヨーロッパの「宗教的寛容社会」のあり方にも影響を及ぼしています。中でもフランスの宗教事情は独特で、カトリックを主な宗教とする国でありながら、公立学校や道路などにはカトリックも含めて宗教的なものは一切持ち込めません。公共空間から宗教性を排除することで、どの宗教にも中立である「寛容」を保っているのです。しかし、この「寛容」のあり方は、近年、移民を受け入れるようになってから、イスラムの思想との対立という新たな問題を引き起こしています。

現代社会ともつながる宗教戦争の歴史の、明らかになっていない部分も丁寧に紐解き、一本の筋道を立てることを目指して日々研究に励んでいます。

今、フランス社会とイスラム教の関係はどのような局面を迎えているのでしょうか?

2015年のシャルリー・エブド襲撃事件の背景には、フランスのカリカチュア(風刺画)の伝統があります。フランス社会には、フランス革命から現在まで続くカリカチュアの伝統が表現の自由、思想の自由をつくり上げてきたという自負があるのです。宗教であっても露骨な描写で風刺的に表現する文化は、フランス社会の中に根付いています。他の欧米諸国では宗教と政治がもっと密着しているため、イギリスでは王家の結婚式も国教会で執り行われますし、アメリカでは大統領が聖書に手を置いて宣誓する、というようなこともあります。しかしフランスでは、「ライシテ憲章」に基づき公共の場からあらゆる宗教が排除されているため、そういったことが全くありません。たとえ宗教勢力から批判を受けたからといって、風刺画を自粛するようなことはフランスの伝統に反するという気持ちが非常に強く、国民の同意を得ることは難しいと思います。そういった背景と、イスラム過激派の思想が真っ向から対立し、シャルリー・エブド襲撃事件へとつながっていったのです。

他にも、自治体がビーチでのブルキニ(肌や頭髪の露出を避けた全身を覆う水着)の着用を禁止する命令を出したことが議論を呼ぶなど、宗教に関する問題が次々に生じていますが、フランス政府は一律で判断を下さず、ケースバイケースで慎重に対応することが多いようです。

フランス社会は決して多様性を認めていないわけではありません。むしろさまざまな民族の共存に非常に寛容で、日本に比べてはるかに多様性に富んでいます。ですが、テロの危険性を孕んだ今の状況は、許容できる範囲を越えており、宗教に対する視線は厳しくなってきていると思いますね。なかなかこの現状を劇的に変える決定打はないと思いますが、ある程度ムスリム側にも自己変革が必要だと思います。地道にコミュニケーションを図ることで、多少は妥協し合えると思いますが、テロの危険性が解消されない限り、状況の好転にはつなげにくいと思います。

著 書

  • 歴史の転換期 全11巻
    6巻 1571年 銀の大流通と国家統合(共著)

    岸本美緒(編) 山川出版社 (2019年4月)

    本書は山川出版社が創立70周年を記念して出版したシリーズの一部であり、世界史上の転換期と考えられる様々な時期において座標とすべき年号を設定し、同じ年号で世界の各地域の状況を横断的に見ていくという企画であった。本書はアメリカ銀の大量流出を契機とする16世紀の変動を主題とするが、この中で特にヨーロッパを担当した。ヨーロッパではアメリカ銀がその担い手であるスペインによる反宗教改革的軍事攻勢に利用されたため、直接的な政治性を帯びたが、特にフランスの事例を検討し、スペインによる軍事介入の状況と性格、これを排しての国家再統合の過程とそれを推進した反スペイン的な思潮について分析した。

  • 中近世ヨーロッパの宗教と政治
    -キリスト教世界の統一性と多元性(共著)

    甚野尚志・踊共二(編) ミネルヴァ書房 (2014年3月)

    本書は、ヨーロッパ中世と近世の宗教と政治の関連についての論文集である。1598年のナント王令はフランス・プロテスタントを条件付で公認し、「寛容の金字塔」と呼ばれてきた。しかし、その後しばらくしてフランス王権はプロテスタントへの圧力を再開して宗教戦争の再発が起こり、17世紀末には「ナント王令廃止」という有名な宗教迫害へと至る。この歴史的変化の説明は大きな問題となっていたが、本書においてナント王令を発布した国王とプロテスタントの関係を分析し、両者の関係がプロテスタント大貴族を仲介にしており、この仲介の性格が歴史の流れに大きな影響を与えていることを示した。

  • ヨーロッパ宗教改革の連携と断絶(共著)

    森田安一(編) 教文館 (2009年5月)

    本書は日本の中堅の宗教改革研究者たちが現在の研究レベルにおける宗教改革の概要を示そうとしたものである。和田の担当はカルヴァンであり、この人物の活動を当時のジュネーヴにとって決定的に重要であったスイスとの関係を中心に描くことを試みた。これによりカルヴァンとブリンガーとの関係の重要性を確認した。またチューリヒとベルンとの相違から、カルヴァンの規律をめぐるベルンとの戦いが単に神学上の相違のみではなく、ベルンの宗派的多元性にも因っていることを示した。

  • 信仰と他者―寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史(共著)

    深沢克己・高山博(編) 東京大学出版会 (2006年10月)

    本書は寛容の問題について日本の西洋史研究者たちが初めて社会史の立場から本格的に取り組んだものである。この書の中で、フランスにおけるナント王令400周年(1989年)の状況を分析した。この周年祭では伝統に反して「ナント王令は寛容ではない」という言説が支配的となった。和田は記憶の歴史学の手法も援用してこの状況を分析し、現代フランスにおける「寛容」の語の社会的意味、プロテスタントにおける寛容の記憶の問題、ナント王令の今日的意義などについて論じた。

  • M.GRANDJEAN et B.Roussel ed.,Coexister dans l’intolerance.
    l’Edit de Nantes(共著)

    1598, Labor et Fides, Geneve. (1998年)

    本書は、ナント王令400周年を記念して、フランス・プロテスタント史協会がこの問題に関する代表的研究者を集めて出版した記念論集である。本書所収の論文において、この交渉へのプロテスタントの地方代表選出の実情を初めて分析し、この選出が地方階層間および地域間の激しい対立の中でなされたものであり、地方でのプロテスタント内部の主導権争いを反映したものであることを西部の一地方の例から実証した。

論 文

  • 十六世紀フランスにおける寛容に関する諸概念について(上)(中)(下)

    聖学院大学論叢17(3)127-134,18(1)103-110,21(2)125-139 (2005年3,10月,2009年3月)

    「トレランス」の語は17世紀末にフランスのベールとイギリスのロックによって徳となったことは知られている。しかし、それ以前の時代における使用法や、非主流派宗派の許容を求める言説がどのような概念で構築されていたのかという問題については、我が国ではほとんど研究がない。本論はこの問題を16世紀のフランスにおいて実証的に検討したものである。(上)では16世紀前半においては君主の個人的徳が中心であることと、トレランスの用法の否定性を確認した。(中)では、良心の問題を検討した。特に16世紀フランスの代表的寛容論者であるカステリオンにおける「良心」の用法を検討して、彼の思想の非近代性を確認し、彼の良心論を近代的寛容論の文脈でとらえようとする思潮を批判した。(下)では、コンコルド概念を検討した。宗教平和において、この概念がポリティーク派と呼ばれる法律家たちによって中心的に用いられたこと、しかし宗教的起源を持つために政治と宗教の区別が徹底されなかったことなどを確認した。またナント王令によるトレランスの語法の変化を分析し、この王令によりトレランス使用の積極化が起こり、その意味も肯定的なものへの変化したことを確認した。

  • ナント王令-史料と内容(上)(下)

    聖学院大学総合研究所紀要(33)490-504,(37)91-142 (2005年10月,2007年2月)

    本論は、知名度および重要性の高さにもかかわらず、これまでほとんど研究がなされていなかったナント王令についてわが国で初めて本格的な分析を行ったものである。(上)では史料批判を行い、文書成立の背景や法文書としての構成・形式、史料としての来歴などの検討に加え、近年学界で話題となっている成立の日付の問題を紹介した。(下)はナント王令の規定内容を検討したものである。平和の回復、宗教活動(良心の自由、礼拝等)、対プロテスタント裁判、軍事活動など、各項目別に検討したが、特にフランス宗教戦争においてそれ以前に出された平和王令と比較し、ナント王令の独自性を明らかにした。またジュネーヴ版とパリ版という二つの版を比較し高等法院やカトリック勢力による改正を検討した。

  • 16・17世紀フランスの宗派共存

    歴史学研究(810)1-11 (2006年1月)

    本論は16・17世紀フランスにおけるプロテスタントとカトリックの共存状況を検討したものであり、社会史的視点から寛容の問題を論じている。16世紀の宗教戦争期には都市においてある程度の宗派共存の努力が見られたこと、それが和平後のナント王令体制を支えたこと、1620年代より王権とカトリックの圧力による共同体内の宗派的分化が進んだこと、カトリック改革の進展は都市共同体の自治の喪失と表裏一体をなしていたことなどを確認した。

関連するSDGsのゴール

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