岩木信喜 教授岩木信喜 教授

プロフィール

聖学院大学人文学部教授。広島大学大学院教育学研究科修了(博士・心理学)。記憶の定着を促進する手続きについて、特に「想起」の効果に着目した研究が専門。近年は、居場所のソーシャルサポート機能と愛着発達との関連についての研究も行っている。趣味は、温泉につかることと、おいしいものを食べに家族で出歩くこと。

  • 専門分野

    教育心理学、認知心理学

  • 研究テーマ

    記憶の定着を促進する手続きについて、「想起」の効果について、学習におけるエラーの記憶の役割、居場所のソーシャルサポート機能と愛着発達との関連について

  • 講演可能なテーマ・ジャンル

    • 記憶と学習

取り組んでいる研究について詳しく教えてください。

今執筆している論文のテーマは「学習におけるエラーの記憶の役割」。子どもは漢字の読み書きや計算などで日々間違いを繰り返すものですが、そういったエラーは人間が学習する上で必要なプロセスだということに私も賛成しています。自分が着目した点をもとに、実験でデータを取って世に出ている既存の理論を整理し、「なぜそうなるのか」というメカニズムの見通しを良くする理論検証を行っています。

今回のプロジェクトでは、被験者に難読漢字を読んでもらう実験を行いました。Aグループの人には、3秒間ブランクをあけた後に5秒間正解を見せる。Bグループの人には、その人の読み間違いを3秒間見せた後で5秒間正解を見せる。すると、本人の間違いを見せたBグループの方が、Aグループより再テストでの成績が良くなりました。

実験で面白いのは、常識に反するデータが出てきた時です。今回の結果も、最初は「まさか」と論文の査読者に信じてもらえませんでした。今回のように予想外のデータが取れれば、私たちは今ある理論のどこを修正すべきか考えることができます。既存の常識からはずれたデータは、私たちが昨日より一歩真理に近づく足がかりになるのです。

研究による教育心理学の進化は、現場の先生方の教え方にも影響を及ぼします。「エラーの活用で学習効果が上がる」ことが明らかになれば、授業中先生が発問して、子どもたちが間違えた時、先生はエラーを意識させるために間違えた答えを板書するようになるかもしれません。もちろん、誤りを受け入れてもらえる学級の雰囲気が前提になりますが。そのように、私たちの研究は教育の現場とつながっています。

研究をしていて、気持ちがワクワクするのはどんな時ですか?

心理学には、物理学理論のような一時的にせよ誰もが信じるグランドセオリーがまだありません。私のように「エラーは学習に役立つ」と考える研究者もいれば、「エラーは不要だ」という意見を持っている人もいて、多様な理論がいくらでも存在しています。

その交通整理を行うのが理論検証です。実験によってある理論が「間違っている」ことが分かれば、学習プロセスの仕組みは少しだけ解明に近づく。理論が「正しい」ことは証明しようがないので、私たちは日々、事実に基づいて否定を繰り返すしかありません。

研究は、理論のサバイバルゲームです。世に出た時には誰も注目していなかった理論が、否定されずにずっと生き残っていることもよくあります。「真理は、手に入っているかもしれないが人間には判断できない」というのが私が尊敬するポパーの持論。実験によって既存の理論に“待った”をかけ、真理に一歩近づいたと思える瞬間が私は一番楽しいですね。

著 書

  • 対話的な学びに伴う「想起」の学習促進効果

    岩木信喜 東信堂(2019年5月) 遠藤 孝夫(編著)「主体的・対話的で深い学び」の理論と実践 58-77

    2016年12月の中央教育審議会答申および2017年3月告示の学習指導要領において「主体的・対話的で深い学び」が重要視されるようになりました。これを受けて、(以前所属していた)岩手大学教育学部が総力を挙げてその理論的含意と教育実践の在り方を探求、検討した内容をまとめたものです。担当箇所では、教育実践に内在する「想起」が有する学習促進効果について最近20年間の研究動向を中心にまとめました。想起が発生させうる学習上の利得とコストをバランスよくとりあげ、想起の効用を教育現場で活かすべきであることを述べました。

  • 知識の獲得メカニズムとしての帰納とヒューム問題

    岩木信喜(2012年3月) ミネルヴァ書房
    深田 博己(監修)宮谷 真人・中條 和光(編)心理学研究の新世紀1 認知・学習心理学 409-422

    教授・学習過程の諸問題のなかでも、学習にまつわる根本問題であるヒューム哲学における帰納の問題に焦点を当てて解説しました。ヒューム問題は論理学的問題と心理学的問題に大別されます。論理学的問題とは、経験から一般的な知識を導けるのかというものであり、賛否が分かれています。心理学的問題とは、とにもかくにも、経験内容を一般化する心理的傾向があるということであり、それは一種の習慣形成なのではないのかということです。論考では、心理学的問題に密接にかかわる実験データを示して問題を整理し、現代的問題とその研究意義を示しました。

論 文

  • Is perceiving another’s error detrimental to learning from corrective feedback?
    Cogent Psychology, 7: 1717052.

    Iwaki, N., Tomisawa, M., Suzumori, R., Kikuchi, A., Takahashi, I., Tanaka, S., & Yamamoto, S.(2020年1月)

    (タイトル訳:他者の誤りの知覚は矯正フィードバックの学習を毀損するか?)テスト効果(想起の学習促進効果)の教育実践への応用を目指して、2者間の問答におけるテスト効果の有無と、他者がした誤反応の知覚が学習を棄損するかどうかを調べました。2つの実験を通じて、(1)他者から与えられた問題に回答すると(つまり想起すると)一週間後の再テストにおいてテスト効果が頑健に出現し、(2)他者のエラーを知覚しても正答に関する参加者の記憶はまったく棄損されませんでした。したがって、想起の手続きは他者との問答にも拡張でき、遠隔通信を使えばどこでも教科書一つで手軽に友達と享受できる方法ということができます。

  • Response format, not semantic activation, influences the failed retrieval effect. Frontiers in Psychology, 10: 599.

    Tanaka, S., Miyatani, M., & Iwaki, N.(2019年3月)

    (タイトル訳:検索失敗の学習促進効果に影響を与えるのは意味的活性化ではなく反応様式である)テストにおいて誤情報を想起しても、それはその後に提示される正答フィードバックの学習を毀損せず、逆に促進します(一種のテスト効果)。本研究では、想起の失敗時に生じる意味表象の活性化が正答フィードバックの符号化を促進するとする理論を検証しました。また、それに代わる可能性として反応方法の効果も併せて検討しました。その結果、意味表象の活性化の範囲を拡張しても想起の学習促進効果は影響を受けませんでした。つまり、正答フィードバックが意味的な精緻化を受けることがその符号化を強化するという考えが疑問視される結果でした。

  • Electrophysiological decomposition of attentional factors on the hypercorrection effect of false lexical representations. Brain and Cognition, 124, 64-72.

    Iwaki, N., & Tanaka, S. (2018年7月)

    (タイトル訳:語彙表象の過剰修正効果をもたらす注意要因の電気生理学的分解)テストにおけるエラーに対して矯正フィードバックが与えられると、自信のあったエラーほど修正されやすいという現象があり、過剰修正効果と呼ばれています。本研究では、従来指摘されてきた自動的注意の影響に加えて、制御的注意の影響の有無を電気生理学的手法で検討しました。自動的注意の影響はP3aという脳波成分が現れたことによって確認されました。また、制御的注意の影響もP3b成分の出現、増大によって確認されました。自動的注意は誤った時の驚きによって喚起され、制御的注意の方は学習対象の実用的価値の認知に影響されることがわかりました。

  • Does delayed corrective feedback enhance acquisition of correct information?
    Acta Psychologica, 181, 75-81.

    Iwaki, N., Nara, T., & Tanaka, S. (2017年10月)

    (タイトル訳:矯正フィードバックの遅延は正情報の獲得を促進するか?)テストにおける正答フィードバックはテスト後すぐに与えるよりも遅延させた方が学習に良いことが知られています。テストの正答は時間がたってから正答がフィードバックされることでいわゆる分散学習になります。他方、テストの誤答については、それが遅延期間に忘却されるために正答フィードバックの獲得を邪魔しなくなると考えられていました。そこで、正答フィードバックを与える前に自分の誤答を再経験させて誤答を強化してみましたが、正答の学習は阻害されませんでした。むしろ、誤答の記憶が忘却されずに残っていた場合のほうが正答の記憶は良かったのです。

  • 知能の自己理論尺度の作成.教育実践学研究,16,47-57.

    岩木 信喜・梅津 亜耶子・前泊 麻理奈(2015年3月)

    ドゥウェック(C. Dweck)の知能観尺度の日本語版を作成しました。知的な能力は生まれつきで向上させがたいと考える人は固定的知能観をもつ人です。その反対に知的能力は向上させられると考える人は増大的知能観をもつ人です。このような視点が重要なのは、増大的知能観の人は困難があっても学習を進めていける傾向がありますが、固定的知能観の人では不得意領域で学習が遅滞しやすいからです。彼らの支援を考える際には知能感尺度が役立ちます。そこで、日本人大学生を対象に構成概念妥当性と再検査再現性があることを確認して尺度を作りました。

  • Hypercorrection of high confidence errors in lexical representations. Perceptual & Motor Skills, 117, 219-235.

    Iwaki, N., Matsushima, H., & Kodaira, K. (2013年9月)

    (タイトル訳:語彙表象における高確信度エラーの過剰修正効果)確信度の高い(自信がある)誤記憶ほど正答フィードバックによって修正されやすいという現象は過剰修正効果と言います。(当時は)2つの主要理論があり、1つは正答既知説、もう1つは驚きによる注意捕捉説です。本研究では、漢字の読み誤りという意味記憶がかかわらない学習材料でも同現象が認められるという、正答既知説の説明範囲を超える結果を得ました。また、自信のある誤りは驚きを伴うので注意を自動的に捕捉する傾向がありますが、それ以外にも、学習材料の実用的価値が高い場合には制御的注意によって学習効果が上昇することもわかりました。

  • Error-related negativity in a visual go/ no-go task: children vs. adults. Developmental Neuropsychology, 31, 181-191.

    Kim, E., Iwaki, N., Imashioya, H., Uno, H., & Fujita, T. (2007年12月)

    (タイトル訳:視覚性go/no-go課題におけるエラー関連陰性電位:子どもと成人の比較)ある刺激にはボタンを押し(= go反応)、それ以外の刺激なら押さないこと(= no-go反応)が求められるgo/no-go課題というものがあります。No-go試行でボタンを押すと、参加者には自分がエラーをしたという自覚が生じ、前部帯状回が働きます。この働きはエラー関連陰性電位という脳波で観察できます。(当時)この脳波は12歳ころから出現するというカナダのグループの知見がありましたが、われわれは6歳児での観察にすでに成功していました。そこで、低学年の児童でもできる容易な課題であればその脳波は測定可能であることを確立しました。

  • Error-related negativity in children: Effect of an observer. Developmental Neuropsychology, 28, 871-883.

    Kim, E., Iwaki, N., Uno, H., & Fujita, T. (2005年2月)

    (タイトル訳:子どものエラー関連陰性電位:他者から観察される効果)ヒトは自分の行動上のエラーを自覚できますが、この自覚は他者から見られることで変化するのでしょうか。この可能性を児童において検討しました。実験では、ある刺激には反応してその他には反応しないgo/no-go課題を児童に行わせ、脳波を測定しました。No-go試行で反応すれば、それはエラーです。このエラーに対してエラー関連陰性電位という脳波が現れます。小学中学年の児童で測定すると、その脳波の振幅は競争事態におけるほうが単独遂行(競争相手がいない)事態よりも増大しており、児童は競争事態で自己エラーに対して敏感になることがわかりました。

関連するSDGsのゴール

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