凡事徹底。八木規子 教授凡事徹底。八木規子 教授

プロフィール

聖学院大学政治経済学部政治経済学科教授。津田塾大学卒業。民間調査研究コンサルティング会社の国際事業部門に勤務の後、渡米。カンザス大学より博士号(Ph.D, Business Administration)を取得。インディアナ州バトラー大学助教を経て、2020年より現職。

  • 専門分野

    ダイバシティ経営、組織行動論、質的研究手法

  • 研究テーマ

    組織成員のダイバシティが経営に与える影響を、個人のアイデンティティの観点から明らかにすること。すなわち、ダイバシティ属性が個人のアイデンティティの源泉となりうる点に着目し、個人をさまざまなダイバシティ属性(民族、ジェンダー、年齢、雇用形態、職務経験、等)の複合体とみなす。そうした見地から、多様性の高い組織で働くひとびとの満足度を高め、ひいては組織の業績を高めるための方策を考察する。

  • 講演可能なテーマ・ジャンル

    • 組織成員のダイバシティが経営に与える影響
    • 異なる文化背景を持つ人々の共生を進めるためのヒント
    • 社会的公正とダイバシティの関係

取り組んでいる研究について
詳しく教えてください。

組織の中で多様な属性を持つ人を活用していくダイバシティ経営は、もともとアメリカで、肌の色が違うだけで職業選択が大幅に制限されるなど、黒人差別が横行していた状況の打開を目的のひとつとして生まれた概念です。

昨今では、経済産業省も新たなイノベーションを生み出す経営戦略として、ダイバシティ経営の考え方を日本に広めようとしています。今の日本で「組織に多様性を」と言うと、「女性の管理職登用」や「外国人労働者の採用」といった取り組みを思い浮かべる人が多いと思います。もちろん間違ってはいないのですが、ダイバシティを人手不足解消の一手にとどめず、組織の成長にまで活かしていくには、それだけでは不完全です。

私が研究のアプローチとして重視しているのは、各個人を「さまざまな属性の複合体」として捉えること。性別・国籍・障害の有無など、特定の属性だけに着目する取り組みは、新たな活躍の場を創出できる一方で、各個人をかたちづくる、他のさまざまな属性を相対的に軽んじることにつながります。結果として、その人のアイデンティティを大きく損ねてしまう危険性を孕んでいます。その人が持つ能力を組織内で最大限発揮するには、一人の人が内包する多様な属性の全てが尊重される場として組織が機能しなくてはいけません。単に制度を整えるだけでなく、もっと社会的公正(性別や国籍、障害の有無などに関わらず、誰もが公正に扱われるべきとする考え方)に意識を向ける必要があると考えています。

研究の最終目標は、規模にかかわらず、日本の企業で実践可能なダイバシティ経営の枠組みを確立することです。これまで示されてきたダイバシティ経営の在り方は、高度専門技能を持った外国人雇用によるイノベーション創出とか、スケールが大きすぎるあまり、中小企業では実践しにくいものでした。今は実際に「ダイバシティな環境」の中小企業で働く方々(女性や外国人労働者)にお話を伺い、彼ら彼女らが語る言葉を丁寧に精査しながら、多様性の高い職場環境で織りなされる人びとの意識が効果的な経営とどのように結びつくのか追究しているところです。

多様性と、組織としての成長の2つをうまく結びつけるために何が必要なのか、これからも模索を続けていきます。

組織の維持に不可欠な「一貫性」(共通の目的意識や行動規範)と、
一見相反する「多様性」を両立するためには、企業に何が求められるのでしょうか?

ダイバシティ経営の概念が芽生えた頃、多くの企業は、黒人を白人と同じ条件で雇用する、異なる文化圏から来た人も統一したルールで働く、など、属性に関わらずに全員の扱いを揃える「同化」を行うことで、多様な属性を持つ人々をひとつの集団としてまとめようとしていました。

しかし、「同化」はつまり、その人が持つ「らしさ」を無視してしまうこと。これからの時代、その人らしさを活かさずに新たなイノベーションは生まれません。多様性を考える上で議論すべきなのは、例えば「女性が男性と同じように働くには?」ではなく、「女性が女性として、この会社で輝くには?」ということなのです。属性に限らず、各家庭の事情により勤務時間に制約のあるような人に対しても、一緒に働きながら高い成果を出すにはどうしたらいいかをきちんと対話するような、組織内でのコミュニケーション力がいっそう問われるのではないでしょうか。

それと同時に必要なのは、「この組織が一番大切にする価値観」を、全員が共有することです。絶対的な答えが存在しない以上、雇用する側と、雇用される側の風通しを良くし、組織として大切にしたいことが何であり、それが今の時代に合っているのかを考え続けなくてはいけません。組織が常に自問し、見直し、更新していく努力を欠かさなければ、組織としての「一貫性」と「多様性」の両立は可能になると考えています。

論 文

  • Variability of boundary and meaning of diversity attributes:
    Studies from diversity management at a Japanese SME

    International Journal of Business Anthropology 7 (2)23-38 (2018年6月)

    日本の中小企業におけるフィールドワークを踏まえ、本稿は、人類学的アプローチのダイバシティ経営研究への貢献を論じた。経営学のダイバシティ経営研究では、定量的研究手法が広く用いられている。しかし、定量的手法では、人々がダイバシティ属性の境界および属性に関連付ける意味、またその意味の持つ微妙で流動的な性質を明らかにすることは難しい。質的研究は、そうした境界や意味の変化が組織に与える影響についての理解を助けると論じた。

  • フォールト・ライン理論の視点から読み解く日米のダイバーシティ・マネジメント研究にみられる相違:今後の日本のダイバーシティ・マネジメント研究の方向性を探る

    聖学院大学論叢28(2)75-89 (2016年3月)

    本論文は、日本のビジネス社会という文脈において、ダイバシティ・マネジメント研究を次の段階に進める方向性を、フォールト・ライン理論の枠組みを用いて示した。フォールト・ライン理論では、個人が複数のダイバシティ属性を持つことに着目し、複数の属性を地層に見立てて、地層の間に生ずる断層(フォールト・ライン)がチームに与える影響を考察する。この枠組みを用いて、現在、日本企業がしばしば採用する、ダイバシティにまつわる課題を解決しようとする施策が、却って問題を引き起こす力として働く可能性があることを指摘した。

  • Boundary work: An interpretive ethnographic perspective
    on negotiating and leveraging cross-cultural identity

    共著(筆頭著者) Journal of International Business Studies 42 (5)629-653 (2011年6/7月)

    企業のグローバル化に伴い、“様々な文化の境界を越える仕事”を企業の成員が果たすことの重要性が高まっている。8ヶ月にわたる在米日系企業でのフィールドワークをもとに、本論文は、境界拡張という概念を明示化し、企業の成員が境界を越える仕事を果たす条件として、個々の成員が自分のもつ文化的知識のレパートリーを自覚すること、そして、各人が自身と他者の文化アイデンティティとの交渉に積極的に参加すること、の必要性を明らかにした。

関連するSDGsのゴール

★学校法人聖学院はグローバル・コンパクトに署名・加入し、SDGsを目指した活動を行っています。