江崎聡子 准教授江崎聡子 准教授

プロフィール

聖学院大学人文学部准教授。立教大学アメリカ研究所客員研究員、神奈川大学人文学研究所客員研究員。専門はアメリカ視覚文化、アメリカ美術およびジェンダー研究。長野県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学(地域文化研究専攻)。単著として『エドワード・ホッパー作品集』(2022年、東京美術)。共著に『描かれる他者、攪乱される自己──アート・表象・アイデンティティ』(2018年、ありな書房)、『ニューヨーク──錯乱する都市の夢と現実』(2017年、竹林舎)、『創られる歴史、発見される風景──アート・国家・ミソロジー』(2016年、ありな書房)などがある。

  • 専門分野

    アメリカ美術、アメリカ視覚文化、アメリカ研究、ジェンダー

  • 研究テーマ

    近代アメリカ美術と1920-30年代の文化ナショナリズムの関係、20世紀アメリカの美術界における女性画家の状況、マイノリティとアメリカ文化

  • 講演可能なテーマ・ジャンル

    • 近現代のアメリカ美術・メディア・映画・広告・デザイン
    • ドラマ・広告・映画・美術においてジェンダー・マイノリティである女性の描かれ方がどのように変化してきたか
    • アメリカの人種的マイノリティがメディアにおいてどのように描かれてきたか

取り組んでいる研究について詳しく教えてください。

19世紀末〜20世紀前半におけるアメリカ合衆国の美術や視覚文化を研究しています。美術史研究の王道はルネサンスやバロックといった様式の変遷を追っていくことですが、アメリカはまだ歴史が浅く、政治・経済・文化などの要素が分化しきれていないため、美術の様式だけを研究していては見えてこないことが多くあります。そこで、作品が制作された時代に社会で何が起こっていたのか、また、同時代の映画・広告・プロダクトデザインなどと、どのように影響を及ぼし合っていたのかを考察することが重要になってきます。

私の場合は、アーティストが「同時代のアメリカをどのように捉えていたか」に、フォーカスをあてることが多いです。例えば、画家エドワード・ホッパーは、19世紀末に生まれ、かつてはヨーロッパ文化をお手本にしていたアメリカが、世界No.1の工業国になり、ニューヨークに都市文化が生まれるさまをその目で見てきました。同時代には、新しい時代を無邪気に礼賛した絵画を残している画家も多い。けれども、ホッパーの絵には、見知らぬ国へ変貌しつつあるアメリカの姿に戸惑い、一歩ひいて社会を見ている様子が感じられるんです。時代の熱気を描き込みすぎず、余白を残した作風が、別の時代、別の文化圏で生まれた人にも共感される、普遍的な魅力の源なのではないかと思います。描かれているのは、どこか特定の場所というより、どこでもないパラレルワールド。村上春樹さんの作品世界にも通じるかもしれません。

ジェンダーは、視覚文化を通じてどのように読み解くことができると思いますか?

社会問題とアートの距離が近いアメリカには、ジェンダーや人種といった社会的テーマを扱うアーティストや研究者が多くいます。私がニューヨーク大学への留学を決意したのは、ジェンダーの視点から美術の歴史をとらえなおしたリンダ・ノックリン先生の著作を読んだことがきっかけでした。アートがそれまでとはまったく違って見えて、「この人のもとで学びたい」とすぐにアメリカを目指しました。

私は、80年代のハリウッド映画を何の疑いもなく見て、育ってきた世代です。現代の視点でそれらの作品を見ると、そこに「女性とは男性に選ばれる存在であるべき」という呪縛のような価値観が存在していることに気づきます。当時はそれが当たり前と刷り込まれていて、女性である自分自身も違和感を覚えませんでした。映画などの視覚文化には、そんな時代ごとの価値観の痕跡が残っているので、ジェンダーを考える上でのヒントになると思います。

注意しておかなければいけないのは、映画作品やアートは、あくまでも作りものであるということ。当時の社会状況をリアルに知りたいのなら、社会学的なデータや資料をしっかり検証しなくてはいけません。視覚文化は、現実をそのままうつす鏡ではなく、アーティストの考え方などのバイアスがかかった、「割れた鏡」のようなものだと私は考えています。

著 書

  • エドワード・ホッパー作品集

    単著 東京美術 (2022年4月)

    20世紀アメリカ絵画を代表するエドワード・ホッパーの作品集。ホッパーの作品の分析や時代状況の解説、年表、参考文献表、近代アメリカ美術史の全般的な状況、文化ナショナリズムについての考察といったものも含む。

  • 創られる歴史、発見される風景―アート・国家・ミソロジー

    共著 ありな書房(2016年2月)

    第五章「一人称の都市風景―ジョージア・オキーフ、フリーダ・カーロ、フローリン・ステットハイマーの描いたアメリカ」執筆担当。三人の女性画家の描いた 20 世紀前半のニューヨーク市の都市風景を考察した。同時代の他の写真や絵画と比較しながら、三人の画家の作品において近代アメリカ都市がどのように表象されたのかを、身体や消費文化、ジェンダーといった観点から議論した。

  • ニューヨーク:錯乱する都市の夢と現実

    共著 竹林舎(2017年1月)

    「ダイアン・アーバス―不在のニューヨーク」執筆担当。現代アメリカ写真を代表する写真家の一人、ダイアン・アーバスの作品についての論考。アーバスは、その被写体として、セクシャルマイノリティや障害者などアメリカの主流社会から排除され、差別的に表現されていた者、すなわち「他者」を数多く取り上げた。アーバスは「他者」をステレオタイプとして呈示したのではなく、一般の人々がそういったものを「他者」として社会の表舞台から排除していく、そういう抑圧的な態度や視線、その背後にある社会構造や規範、そしてその根底にある価値の体系をその作品において示唆したという議論を作品分析に基づいて行った。

  • 描かれる他者、攪乱される自己―アート・表象・アイデンティティ

    共著 ありな書房(2018年1月)

    第三章「メアリー・カサットの自画像―シカゴ万博女性館壁画《モダン・ウーマン》に描かれたモダニティと「新しい女」のイメージ」執筆担当。メアリー・カサットの 1893 年のシカゴ万博女性館の壁画について分析した。カサットの壁画がなぜ批評家の評価を得ることができなかったのかという問題について議論した。伝統的な、典型的な女性のイメージと、カサットが表現しようとしていたリアルな、近代の、とりわけ「新しい女」のイメージの比較し、女性館の壁画としての意義を考察した。

論 文

  • グラント・ウッドの工芸制作―「役に立つ過去」(“usable past”)と近代アメリカ美術

    聖学院大学総合研究所紀要 (68) (2022年3月)

    近代アメリカ美術の代表的画家とされるグラント・ウッドのステンド・グラス作品の分析。アメリカ合衆国の主要な戦争と第一次世界大戦で戦死したアメリカ兵士を追悼するための記念碑であったこの作品が、どのようなスタイルで、どのような技法で、そしてどういった経緯でウッドによって制作されたのかを論じたもの。作品が制作された時代のアメリカの文化ナショナリズム運動の影響なども考慮しながら、工芸作家としてのウッドに焦点をあて、この作品の直後に制作された《アメリカン・ゴシック》との連続性も考察した。

  • トランプ時代の解剖学―アメリカ文化の現在

    生井英考氏との共同執筆 立教アメリカン・スタディーズ (41) (2019年3月)

    立教大学アメリカ研究所主催のオムニバス授業に、コーディネーター補佐として参加した際の記録。トランプ政権誕生の政治的要因の分析やその社会や文化における影響を、数人の講師を招いて考察した連続講座の授業内容の報告。

  • 鏡像試論―描かれた鏡とうつしだされた女たち

    立教大学ジェンダーフォーラム (20) (2019年3月)

    西洋美術史において、鏡のイメージが一般的にどのような意味を持ってきたのかを考察し、さらに、近・現代の女性の芸術家たちの作品において、鏡のイメージとその意味がどのような変化を遂げてきたのかを明らかにした。具体的には、メアリー・カサットや、エドゥアール・マネ、シンディー・シャーマン、バーバラ・クルーガーらの作品を分析した。

  • 黒への褪色にあらがう―キャリー・メイ・ウィームズの写真作品における黒人表象

    立教アメリカン・スタディーズ (41) (2019年3月)

    公民権運動以降のアフリカ系アメリカ人をとりまく複雑で多様な状況において、黒人アーティストたちが、そのアイデンティティや同時代のアメリカの文化や社会をどのように表現してきたのかという問題を、キャリー・メイ・ウィームズの芸術実践とその戦略に焦点をあわせて考察した。ウィームズが、黒人のステレオタイプ化や周縁化に疑問を抱き、同時代の多様な黒人の状況を主題としてどのようなスタイルや技法をもって表現したのかを分析した。

  • アメリカン・モダニズムの可能性:1939年ニューヨーク万博とアールデコ様式

    れにくさ 5(2014年3月)

    1939年にニューヨーク市で開催されたニューヨーク万博のコンセプトと、万博で用いられたアールデコ様式のデザインの関連性を考察した。20世紀初頭のアメリカにおけるこのデザイン様式の文化的意味を議論し、その上で、1930年代の大恐慌時代に開催されたニューヨーク万博にこの様式が用いられた理由を分析した。大衆消費社会、1930年代の大恐慌、理想的な都市の計画、優生学との関連といった観点からアールデコデザインの誕生と展開を議論した。

関連するSDGsのゴール

★学校法人聖学院はグローバル・コンパクトに署名・加入し、SDGsを目指した活動を行っています。